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兵法三十五箇條 テキストデータ

・宮本武蔵が五輪の書以前に著したといわれる伝書「兵法三十五箇條」をテキストデータ化したものです。
・ただ読むよりは頭に入るだろうと思い、入力作業を行いました。
・武術叢書に収められ出版されたのち、著作権が切れたものなので、二次利用しやすいと思います。

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(1)本テキストについて
・本テキストは、武術叢書に収められている兵法三十五箇條をテキスト化したものである。
・元資料に記入されていた句読訓点は、テキストデータ化にあたり<>内に記した。
・元資料において付記されていたよみがなは()内に記した。
例)渡(と)、身際(みぎは)
・旧字は、文字コードに存在する場合は旧字を用いた。
・旧字が存在しないため新漢字を用いたものは以下の通り。













(2)兵法三十五箇條電子版
・以下、画像データとして公開されている兵法三十五箇條である。
・武術叢書(p227-233p、コマ番号126-130)、国立国会図書館デジタルコレクションより
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1764781

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2018/7/28 市川哲也(ichikawa.tetsuya@gmail.com) 公開

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武術叢書(国書刊行会1915年刊行) 前書きより
"一、兵法三十五箇條 本書は帝國圖書館所藏の寫本と宮本武藏遺蹟顯彰會本とによりて校定せり、圖書館本は「劔術巻」と云ふ書の中に綴込められたり。
本書は寛永十八年ニ月宮本武藏が熊本藩主細川忠利の命によりて奉れる兵法覺書にして、のちに著したる「五輪の書」は本書を敷衍したるものと見て可なり、武藏の傅記は「二天記」と云ふ書に委し、又明治四十ニ年金港堂發賣の「宮本武藏」にも委し。"

兵法三十五箇條
兵法二刀の一流、數年鍛錬仕處、今初て筆紙にのせ申事、前後不足の言のみ難<二>申分<->候へ共、常々仕覺候兵法之太刀筋、心得以下、任<二>存出<一>大形書顯候者也、

一、此道二刀と名付事
此道二刀として太刀を二つ持つ儀、左の手にさして心なし、太刀を片手にて取ならはせん爲なり、片手にて持得、軍陣、馬上、川沿、細道、石原、人寵、かけはしり、若左に武道具持たる時、不如意に候へば、片手にて取なり、太刀を取候事、初はおもく覺れ共、後は自由に成候也、たとへば弓を射ならひて其力つよく、馬に乗得ては其力有、凡下之わざ、水主はろかいを取て其力有、土民はすきくはを取、其力强し、太刀も取習へば力出來物也、但人々の强弱は身に應じたる太刀を持べき物也、

一、兵法の道見立處之事
此道、大分之兵法、一身之兵法に至る迄、皆以て同意なるべし、今書付一身の兵法、たとへば心を大將とし手足を臣下郎等と思ひ胴體を歩卒士民となし、國を治め身を修むる事、大小共に兵法の道におなじ、兵法之仕立樣、總體一同にして餘る所なく、不<レ>强不<レ>弱、頭より足のうら迄ひとしく心をくばり、片づりなき樣に仕立る事也、

一、太刀取樣之事
太刀の取樣は、大指人さし指を浮けて、たけたか、中くすしゆびと小指をしめて持ち候也、太刀にも手にも生死と云事有り、構ふる時請くる時留る時などに、切る事を忘れて居付手、是れ死ぬると云也、生と云ふは、いつとなく太刀も手も出合やすく、かたまらずして切り能き樣にやすらかなるを、是れ生くる手と云ふ也、手くびはからむ事なく、ひぢはのびすぎず、かじみすぎず、うでの上筋弱く、下すぢ强く持つ也、能々吟味あるべし、

一、身のかヽりの事
身のなり、顔はうつむかず、餘りあをのかず、かたはさヽず、ひづまず、胸を出さずして腹を出し、こしをかヾめずひざをかためず、身をまむきにしてはたばり廣く見する物也、常住兵法の身、兵法常の身と云ふ事、能々吟味在るべし、

一、足ぶみの事
足づかひ、時々により大小遲速は有れ共、常にあゆむがごとし、足に嫌ふ事、飛足、うき足、ふみすゆる足、ぬく足、おくれ先だつ足、是皆嫌ふ足也、足場いか成る難所なりとも、構ひなき樣に慥にふむべし、猶奥の書付にて能くしるヽ事也、

一、目付之事
目を付くると云所、昔は色々在るなれ共、今傳ふる處の目付は、大體顔に付くるなり、目のおさめ樣は、常の目よりもすこし細やうにしてうらやかに見る也、目の玉を動かさず、敵合近く共、いか程も遠く見る目也、其目にて見れば、敵のわざは不<レ>及<レ>申、兩脇迄も見ゆる也、觀見二つの見樣、觀の目つよく、見の目よはく見るべし、若し又敵に知らすると云目在り、意は目に付き心は付かざる物也、能々吟味有べし、

一、間積りの事
間を積る樣、他には色々在れ共、兵法に居付く心あるによつて、今傳る處心あるべからず、何れの道なりとも其事になるれば能く知る物なり、大形は我太刀人にあたる程の時は、人の太刀も我にあたらんと思ふべし、人を討たんとすれば我身は忘るヽ物也、能能工夫あるべし、

一、心持之事
心の持ち樣は、めらず、かヽらず、たくまず、おそれず、すぐに廣くして意のこヽろかろく、心のこヽろおもく、心を水にして折にふれ事に應ずる心也、水にへきたんの色あり、一滴もあり滄海も在り、能々吟味あるべし、

一、兵法上中下の位を知る事
兵法に身構有り、太刀にも色々構を見せ、遲く見え、早く見ゆる兵法、是下段と知るべし、又兵法こまかに見へ術をてらひ拍子能き樣に見え、其品きヽ在りて見事に見ゆる兵法、是中段の位也、上段之位の兵法は、不<レ>强不<レ>弱、かどらしからず、はやからず、見事にもなく、惡敷も見えず、大に直にして靜に見ゆる兵法、是上段也、能々吟味有べし、

一、いとがねと云事
常に絲がねを心に持つべし、相手毎にいとを付けて見れば强き處弱き處直き所ゆがむ所はる所たるむ所、我心をかねにして、いとを引きあて見れば、人の心能く知るヽ物也、其かねにて圓きにも角なるにも長きをも短きをも、ゆがみたるをも直なるをも能く知るべき也、工夫すべし、

一、太刀之道の事
太刀の道を能く知らざれば、太刀心の儘に振りがたし、其上つよからず、太刀のむねひらを不<レ>辨、或は太刀を小刀に仕ひなし、或はそくいべらなどの樣に仕付れば、かんじんの敵を切る時の心に出合がたし、常に太刀の道を辨へて、重き太刀の樣に、太刀を靜にして、敵に能くあたる樣に鍛錬有べし、

一、打とあたると云事
打とあたると云事、何れの太刀にてもあれ、うち所を慥に覺へ、ためし物など切る樣に、おもふさま打つ事なり、又あたると云ふ事は、慥なる打ち見えざる時、いづれなりともあたる事有り、あたりにもつよきはあれども、うつにはあらず、敵の身にあたりても太刀にあたりても、あたりはづしても不<レ>苦、眞のうちをせんとて、手足をおこしたつる心なり、能々工夫すべし、

一、三つの先と云事
三つの先と云ふは、一つはわれ敵の方へかヽりての先也、ニつには敵我方へかヽる時の先也、又三つには我も懸り敵も懸かる時の先也、是三つの先なり、我かヽる時の先は、身は懸かる身にして、足と心を中に殘し、たるまず、はらず、敵の心を動かす、是懸の先也、又敵懸り來る時の先は、我身に心なくして、程近き時心をはなし、敵の動きに随ひ、其儘先に成べし、又互に懸り合ふ時、我身をつよく、ろくにして、太刀にてなり共身にて成共、足にて成共心にて成共、先になるべし、先を取る事肝要也、

一、渡(と)をこすと云事
敵と我と互にあたる程の時、我太刀を打懸て、との内こされんとおもはヾ、身も足もつれて、身際(みぎは)へ付くべき也、とをこして氣遣はなき物也、此類跡先の書付にて能々分別有るべし、

一、太刀に替はる身の事
太刀にかはる身と云ふは、太刀を打だす時は、身はづれぬ物也、又身を打と見する時は、太刀は迹より打つ心也、是空の心也、太刀と身と心と一度に打つ事はなし、中にある心、中にある身、能々吟味すべし、

一、ニつの足と云事
二つの足とは、太刀一つ打つ内に、足は二つはこぶ物也、太刀乗りはづし、つぐもひくも足はニつの物也、足をつぐと云心是なり、太刀一つに足一つづつふむは、居付きはまる也、ニつと思へば常にあゆむ足也、能々工夫あるべし、

一、劒をふむと云事
太刀の先を足にてふまゆると云ふ心也、敵の打懸る太刀の落ちつく處を、我左の足にて、ふまゆる心也、ふまゆる時、太刀にても身にても心にても先を懸くれば、いかやうにも勝つ位なり、此心なければ、とたんとなりて惡敷事也、足はくつろぐる事もあり、劒をふむ事度々にはあらず、能々吟味在るべし、

一、陰をおさゆると云事
陰のかげをおさゆると云ふ事、敵の身の内を見るに、心の餘りたる處もあり、不足の處も在り、我太刀も心の餘る處へ氣を付くる樣にして、たらぬ所のかげに其儘つけば、敵拍子まがひて勝能き物也、されども我心を殘し、打つ處を不<レ>忘所肝要なり、工夫あるべし、

一、影を動かす事
影は陽のかげ也、敵太刀をひかへ身を出して構ふる時、心は敵の太刀をおさへ、身を空にして敵の出たる處を太刀にてうてば、かならず敵の身動き出づるなり、動き出づれば勝つ事やすし、昔はなき事也、今は居付く心を嫌ひて、出たる所を打つ也、能々工夫有るべし、

一、弦をはづすと云事
弦をはづすとは、敵も我も心ひつぱる事有り、身にても太刀にても足にても心にても、はやくはづす物也、敵おもひよらざる處にて能くはづるヽ物也、工夫在るべし、

一、小櫛のおしへの事
おぐしの心は、むすぼふるをとくと云ふ義也、我心に櫛を持て、敵のむすぼふらかす處を、それヾヽにしたがひ解く心也、むすぼふるとひきはると似たる事なれども、引ぱるは强き心、むすぼふるは弱き心、能能吟味有べし、

一、拍子の間を知ると云事
拍子の間を知るは、敵によりはやきも在り遲きもあり、敵にしたがふ拍子也、心おそき敵には、太刀あひに成と、我身を動さず、太刀のおこりを知らせず、はやく空にあたる、是一拍子也、敵の氣のはやきには、我身と心をうち、敵動きの迹を打つ事、是二のこしと云也、又無念無想と云ふは、身を打つ樣になし、心と太刀は殘し、敵の氣のあひを空よりつよくうつ、是無念無想也、又おくれ拍子と云ふは、敵太刀にてはらんとし、受けんとする時、いかにも遲く、中ににてよどむ心にして間を打事、おくれ拍子也、能々工夫あるべし、

一、枕のおさへと云事
枕のおさへとは、敵太刀打ちださんとする氣さしを請け、うたんとおもふその處のかしらを、空よりおさゆる也、おさへやう、心にてもおさへ、身にてもおさへ、太刀にてもおさゆる物也、此氣ざしを知れば、敵を打つによし、入るによし、はづすによし、先を懸くるによし、いづれにも出会ふ心在り、鍛錬肝要也、

一、景氣を知ると云事
景氣を知ると云ふは、其場の景氣、其敵の景氣、浮沈殘深强弱の景氣、能々見知べき者也、絲がねと云ふは常々の儀、景氣は卽座の事なり、時の景氣に見請けては、前向きてもかち、後向きてもかつ、能々吟味有べし、

一、敵に成ると云事
我身敵にしておもふべし、或は一人取籠か又は大敵か、其道達者なる者に會ふか、敵の心の難堪をおもひ取るべし、敵の心の迷ふをば知らず、弱きをも强しとおもひ、道不達者なる者も達者と見なし、小敵も大敵と見ゆる敵は、利なきに利を取付くる事在り、敵に成て能く分別すべき事也、

一、殘心放心の事
殘心放心は事により時にしたがふ物也、我太刀を取て、常は意のこヽろをはなち、心のこヽろをのこす物也、又敵を慥に打つ時は、心のこヽろをはなち、意のこヽろを殘す、殘心放心の見立色々ある物也、能々吟味有べし、

一、緣のあたりと云事
緣のあたりと云は、敵太刀切懸くるあひ近き時は、我太刀にてはる事も在り、請くる事も在り、あたる事も在り、請くるもはるもあたるも、敵を打つ太刀の緣とおもふべし、乗るも、はづすもつくも、皆うたんためなれば、我身も心も太刀も、常に打ちたる心也、能々吟味すべし

一、漆膠のつきと云事
しつかうのつきとは、敵のみぎはへよりての事也、足腰顔迄も、透なく能つきて、漆膠にて物を付くるにたとへたり、身につかぬ所あれば、敵色々わざをする事在り、敵に付く拍子、枕のおさへにして、靜なる心なるべし、

一、しうこうの身と云事
しうこうの身、敵に付く時、左右の手なき心にして、敵の身に付くべし、惡しくすれば身はのき、手を出す物也、手を出せば身はのく者也、若し左の肩かひな迄は役に立つべし、手先にあるべからず、敵に付く拍子は前におなじ、

一、たけくらべと云事
たけをくらぶると云事、敵のみぎはに付く時、敵とたけをくらぶる樣にして、我身をのばして、敵のたけよりは我たけ高く成る心、身ぎはへ付く拍子は何れも前に同じ、

一、扉のおしへと云事
とぼその身と云ふは、敵の身に付く時、我身のはヾを廣くすぐにして、敵の太刀も身もたちかくすやうに成て、敵と我身の間の透のなきい樣に付くべし、又身をそばめる時は、いかにもすくすぐに成て、敵の胸へ我肩をつよくあつべし、敵を突き倒す身也、工夫有べし、

一、將卒のおしへの事
將卒と云ふは、兵法の理を身に請けては、敵を卒に見なし、我身將に成て、敵にすこしも自由をさせず、太刀をふらせんも、すくませんも、皆我心の下知につけて、敵の心にたくみをさせざる樣にあるべし、此事肝要なり、

一、うかうむかうと云事
有構無構と云ふは、太刀を取る身の間に有る事、いづれもかまへなれども、かまゆるこヽろ有るによりて、太刀も身も居付く者なり、所によりことにしたがひ、いづれに太刀は有るとも、かまゆると思ふ心なく、敵に相應の太刀なれば、上段のうちにも三色あり、中段にも下段にも三つの心有り、左右の脇までも同事なり、爰を以つて見れば、かまへはなき心也、能々吟味有べし、

一、いはほの身と云事
岩尾の身と云は、うごく事なくして、つよく大なる心なり、身におのづから萬理を得てつきせぬ處なれば、生有る者は、皆よくる心有る也、無心の草木迄も根ざしかたし、ふる雨吹風もおなじこヽろなれば、此身能々吟味あるべし、

一、期をしる事
期をしると云ふ事は、早き期を知り、遲き期を知り、のがるヽ期を知り、のがれざる期を知る、一流直通と云極意あり、此事品々ロ傳なり、

一、萬理一空の事
萬理一空の所、書きあらはしがたく候へば、おのづから御工夫なさるべきものなり、

右三十五箇條は兵法之見立心持に至るまで大概書記申候、若端々申殘す處も、皆前に似たる事どもなり、又一流に一身仕得候太刀筋のしなヽゞロ傳等は、書付におよばず、猶御不審之處は口上にて申あぐべき也、
寛永十八年二月吉日
新免武藏玄信 判


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